2000.10.9(月)

身体がアチコチ痛い・・・。

うっ、朝起きると、体中がギシギシ鳴っている。(感じがした)
昨日はさすがに遊び過ぎたなぁ。
急に体中の筋肉をフル稼働したもんだから、筋肉痛になるのも無理はない。
それに、バナナボートで落っこちた時に、
水面に勢い良く打ち付けた胸の痛みもヒドイ。
もしかして、ろっ骨にヒビでも入ったかなぁ・・・。

しかし、バリの病院に行ったところで、高価なレントゲン写真だけ取って、後は湿布をもらってオシマイに違いないから、家で寝ていたほうがマシかなぁ・・・。
イテッテテテ・・。トホホである。

そういうときに限ってジロウが遊びたがって、飛びつ付いてくるから困ったもんだ。 「お腹も空いたのかい?そうだ、昨日凍らせておいたナンカを食べてみようか? 」

ジロウに話しかけたところで返事をするわけではないが、食べ物をもらえるチャンスだけは逃さないジロウである。
ナンカは英語だったらジャックフルーツ。
バリでは果物として食べるだけでなく、野菜として、スープにして煮込んだりかなりポピュラーな食べ物である。

田舎からもらってきたナンカがあまりに沢山あったので、冷凍庫で
凍らせることを思いつく。果肉は脂肪分が多く、堅くなりすぎず甘味がたっぷりあって、とても美味しいシャーベットになった。

これはいける!そのまま食べてもいいし、ミキサーで砕いて、ジュースにしても甘味はそのままだった。
これからの季節はランブータンやマンゴー、マルキッサなど、私が好きな果物が増えてくるのでウレシイ限りだ。
バリに観光で来たときに、時間があったらスーパーマーケットで果物を買い込んで、ホテルでたらふく食べてはいかがでしょう? 部屋についている冷蔵庫で冷やせばなおオイシイ!

バリは果物が安いし、きっと満足すると思いますよ!


 

2000.10.8(日)

デイ・クルージング初体験!

クルージング、クルージング、 ヤッホウ!ヤッホウ!
なんで、こんなにはしゃいでいるかって?
それは、初めてデイ・クルーズといものを体験できるからなのさ!

ボウンティ・クルーズの知りあいに招待されて、ウキウキで港に到着。
眩しいばかりの真黄色のボウンティ・クルーズの船。
テーマ・カラーはイエローなのだな。

この船はジェット・ホイールだから、高速でヌサ・レンボガン島までわずか30分という早さで到着する。
ヌサ・レンボガン島で遊んでいる間に、船はロンボク島までお客さんを送り戻ってくるというわけ。

イエーーーイ!
喜んで乗り込み、船が出発すると船内でコーヒーやお菓子を出されて、モニターでミスタービーンのビデオ上映をみながら、豪華な気分・・・になるはずだったけど、忘れていた。
私はとっても乗物酔をする人だった。船が港を出て揺れ始めるともう、気分が悪くなって座っていられない。急いでデッキに出ると、後は吐き気との戦いであった。シマッタ!あんまりウレシクて酔い止め薬を飲むことさえ思い浮かばなかった。

ヌサ・レンボガン島に到着すること頃には涙目になって、胃の中はスッキリ空っぽ。真っ青な私の顔を見て、ダーリンはこれで今日のアクティビティは参加できないな、と思ったらしい。
しかし、乗物酔をする人なら分かると思うけど、ゲーッと吐いてしまえばこっちのものさ!後は元気に復活!するのである。

この機会にワタシがお楽しみを逃すわけがないじゃないの!
早速、水着に着替えて、まずはシュノーケリング。
マスクもフィンも貸してくれて、泳げない人には救命ジャケットが用意されているので、誰にでも気軽に楽しめる。

要塞のような施設には、ウォータースライダーも設置されていて、海にジャボーーン!と飛び込んで爽快な気分。

バナナボートは初めて乗ったけど、あんなにエキサイティングなものとは知らなかった。最初はスピードもゆっくりでなーんだ、余裕じゃんなんて思っていたら、いきなり右に千回されて、海に放り落とされた。
うっ!胸が痛くて息がつけない。

グラスボートは下を向いているときっと気持ちが悪くなるだろうからパス!
そのかわりにヌサ・レンボガン島での田舎村見学に出かけた。
ヌサ・レンボガン島のビーチは白い砂で海の透明度も良く、なかなか美しい島だった。
島では小型のトラックの荷台にひさしと椅子が置いてあるだけの車で観光。
海草を作っている所を見学したり、なぜか土に中に家を作ってしまったオシイサンの力作の家を見学したり、ニンビリほのぼのしたツアーだった。

帰りはまた酔うことを心配して、乗り込んだら、直接最上階のテラスに上がり、一番前の手すりに陣取る。
これは楽しかった。ものすごい風を受けて吹き飛ばされそうになりながら、船が上下する衝撃にキャッキャはしゃいでいたので、 酔い知らずで帰ってくることが出来た。

あーーー、一日楽しかった!

いずれ、もっと詳しいレポートをガイド・コーナーに載せる予定です。
お楽しみに!

イエローがテーマカラーの
BOUNTY CRUISE
(ボウンティ・クルーズ)
ロンボク島までは2時間くらい就航しているらしい。
とにかく早い! 帰りはバリ・ハイ・クルーズをいとも簡単に追い抜かしてしまった。

ヌサ・レンボガン島の沖合に浮かぶ黄色い要塞??アクティビティ満載でシュノーケリング、バナナボート、グラスボート、などなど、いくらでも飽きずに時間を過ごすことが出来た。
最上階のテラスでノンビリ日焼けを楽しむのもGOOD!

予想外にエキサイティングだったバナナボート!勢い良く振り落とされた!

 

2000.10.7(土)

結婚一周年記念?

早いなぁ。 私たちは去年の今日はヒンドゥー教式の結婚式で一日中行事があり、二人ともヘロヘロになっていたのだった。
もう一年も 経ったのかぁ。なにが変わっただろう?

思えば一年前の結婚式を境に、ワタシは急に家族と仲が良くなった。
それまではインドネシア語もカタコトで、自分からあまりコミュニケーションをとろうともしていなかった気がする。
なんていうか、ニコニコしていればいいや!という完全お客さんモードであったから、適当に距離があってお互い気を使ってギクシャクしていたという見方が正しいだろう。
ところが、結婚式ともなると、あれこれ質問したり、相談したり、頼んだりということが多くて、嫌でも相手と渡り合わなくてはならない場面が多くなる。
疲れれば相手に疲れた顔も見られてしまうし、対面を気にいている場合ではなくなるからだ。

もちろん結婚式を終えて、初めて家族として迎えられるのだから、当たり前なのだけど、この日を境に大きな家族が出来たなぁ。と感無量だったことも思い出した。

あれから一年、バリに来る前のほうが、あれこれ考えすぎて不安が大きかったかもしれない。実際に暮らして一年経ってみれば、なんとか生活にも慣れてしまい、家族とはやっぱりカタコトの会話だけど、ワタシという人格を受け入れて尊重してもらっているし、なにも、心配することはなかったのだ。

日本にいる時のように、外部から与え慣れる刺激は確かに少なくなったけれど、精神的な刺激や心の内面に入り込んでくる刺激はバリの方が大きいかもしれない。
うまく表現できないけど、バリで一回余分なものが全部落ちて、また身体や心が再生されつつあるような気分だ。

これが、バリにアーティストが魅了される原因なのか?

私にとっては、まさに「家族」というものの在り方を、学んだことが大きかったと思う。
これからも、また発見したり、学んだりを繰り返しながら生活していくのだなぁ、と、一年という区切りの日に考えたりしたのであった。


 

2000.10.6(金)

出産に立ちあう

朝、早い時間の電話。なんだろう?と思ったらダーリンのガイド仲間からの電話だった。「自分は今日は仕事があって休めないんだけど、奥さんが産気づいて病院にいるから、手伝いに行って欲しい」 とのこと。
ええっ?親戚や家族はどうしていないの?
友達は口を濁しているが、どうやら兄弟とはあまり仲が良くないのだそうだまあ、しょうがない!親友の頼みとあって断れない。
ダーリンだけ急いで、病院に向かった。

本当は私もバリの人の出産の様子を見物したかったのだが、日本人が行くと薬代とか高く請求されるかもしれないから、と言われてガッカリ。
それに地元の人が使うところだから、汚くて暑いだろうというので自ら辞退した。

ダーリンは昼になっても帰ってこない。3時頃になってようやく電話が入った。「まだ、生まれないんだよー。今日の夜中の2時からだから、もう病院に移してドクターを呼ぶことにするよ。」
ん?じゃ、今まではビダンと言われる助産婦さんだけがいるところで頑張ってたのか?
そういえば、この前そのカップルのところに遊びに行ったときには、確か超音波検査も一回もしていないし、いつ出差予定日なのかも分からないなんてノンキなことを言っていたよねェ。
ダイジョウブなのかしら?

もう!初めての出産なんだから、ちゃんと検査しないともし逆子だったらどうするのよぅ!なんてヤキモキしていたら、またまたダーリンからの電話。

「無事、生まれたよ!」
「よかったねー。で、どっちだった?」

「オス!」

なにはともあれ母子共に元気にしているそうだから、結果良ければ全てヨシ!ってか? 彼女は病院でドクター待ちをしているときは、痛みで悶絶していたらしいが、ドクターが到着してからは、すぐに帝王切開となり、アレヨアレヨという間にコトが進んだらしい。

「病院でドクターから、なにか悪い知らせを聞くと嫌だから、」という無知な理由がまかり通るバリであった。しかしバリではまだまだ医療環境が整っていないのも事実で、医者が医療費欲しさに多額な薬代を請求したり、必要のない帝王切開手術を施したりするというコトも事実としてあるようだから、まったく、ナニを信用していいんだか・・・。
という事態である。

ともあれ、新しい命の誕生オメデトウ!


 

2000.10.5(木)

レストランでのお支払い

バリの食事どころを値段が高い順番から並べると、

◇ホテルのレストラン
観光客向けの街のレストラン
食事も出来る観光客向けのカフェ
■地元リッチピープルが行くようなレストラン
普通の地元の人が行くようなワルン
○市場などに夕がたから立ち並ぶ屋台
駄菓子屋と一緒になったようなワルン
人力でひっぱる屋台

だいたいこんな感じ。
外国からのお客さんがお腹の具合や衛生的なことを気にしないで食事できるのは
印まで。
は多分大丈夫だけど、心配な人は避けたほうがいいかも、のゾーン
に至っては、地元の人と同じくらいお腹に自信がある人向けゾーンとなります。
ちなみにワタシはどのゾーンでもお腹を壊した経験がないので、アテになるかどうかはわかりませんが、
印ゾーンであってもそんなに不衛生かつ不潔というわけではないように思います。
ただし、やっぱり屋台は汚いはあるので、見た目に、「コリャダメだ!」というところでは食べないようにしています。

それで、余計なことながら一言。
日本では食べ終わった後は、お客さんがレシートを持って、キャッシャーまでわざわざ出向いて払いに行くことが普通だったと思いますが、バリではお客さんがテーブルからウエィター(ウェイトレス)を呼びつけて、
「ミンタ ビル!(請求書ちょうだい!)」といい、支払いはテーブルで済ますのが普通です。
お客さんだったら、「チェック、プリーズ」 で大丈夫だし、ワルンなどでわからなかったら、手振りで左手に右手でモノを書くふりをフリをすれば、だいたいは分かると思います。

最近、続けて日本人のお客さんがキョロキョロと辺りを見回し、おもむろに立ち上がってレジを探す光景を見かけ、「そっかー、日本と違うよね」と気が付いたのであります。

そういうわけで、お支払いはテーブルで!


 

2000.10.4(水)

雨季の兆し・・・。

今年は乾季が短かった。7月にやっと雨が降らなくなって、夜は涼しく快適だー!と思っていたら、最近やたら夜が寝苦しくなって、雨季がはじまりそうな気配がする。
夜中に雨が降ることもあるし、そろそろ屋根の瓦がずれていないか、チェックしないとなー・・・。


雨季はだいたい10月くらいから始まると言われているけど、一番雨が降るのは、一月と二月のようだ。
毎日雨は降るけれど、一日中降っているわけではなくて、水分を含んで耐えきれなくなった雲からバケツをひっくり返すように、雨がドバーッと落ちてくるという感じだ。

しかも、ウブドゥでは雨だけど、デンパサールでは晴れていたり、一キロ先では黒雲が立ちこめているのに、こちらでは晴れ間が覗いていたり・・。
なんてことになっているので、バリ島では天気予報なんてあってもきっと役に立たないだろうなぁ。

雨季と乾季だけの季節というのは、まことに過ごしやすい、と私は思う。
気温の差があまりないから、風邪をひかないし、洋服はワンシーズンだけだし。こちら、バリに住んでみると日本の季節の移り変わりの早さに驚く。
季節が変われば気分も変わり、生活も変わる。
なんて、日本って忙しい国なんだろう。

バリに住めば無い物ねだりで、そんな忙しい情報に溢れた生活が恋しくなることもある。ワタシはまだバリでの生活が短いから、日本での生活の記憶がまだまだ身体の中にも残っていて、ふと、日本的な習慣ってなかなか抜けきらないもんだなぁ、と思うこともある。

今度、日本に変えることがあったときは、その変化ぶりに驚くのだろうか?


 

2000.10.3(火)

トラの兄弟

トラと一緒に生まれた兄弟のことは知らなかったけど、トラのお母さんにまた子犬が生まれたと聞いたので、早速見に行くことにした。
場所はテジャクラのダーリンのお父さんの畑。
ダーリンのお父さんはバリ語で「バプー」と呼ばれている。バプーはもう畑でキツイ力仕事なんかしなくてもいいのに、毎日することがないと、一日が過ぎるのが遅くてしょうがないから、と息子達が止めるのを聞かずに、元気に現役で畑仕事をしている。

畑には、牛が4頭、野放しのノワトリが数えきれないほど、そしてトラのお母さんであるイヌが一匹とその子供が5匹いた。
また生まれてから一ヶ月しか経っていないので、、ヨチヨチ歩きで情けない表情の子犬達。
やせ細るお母さんのオッパイにかぶりついてチュウチュウと音を立てながらミルクを必死で飲んでいた。

トラは生きているとき、よく土や壁、石などを食べるのが好きだったけど、なんでなのか、ワカッタ気がする。
トラのお母さんのオッパイは土まみれ。乳首の周りにはクッキリとドロの輪が出来ている。この5匹の子犬達もオッパイとドロの味がミックスされたミルクを毎日飲んでいるんだー。

バプーは畑で、
釜戸の燃料となるヤシの枝を集めたり、イモや野菜、果物を育てたりしている。家から畑までは上り坂3キロもの道のりである。
モチロン、自分の足で歩いて畑まで毎日通っている。そして30キロはありそうな荷物を肩に抱えて、運んで家に帰ってくるバプー。

昔はカミナリオヤジで子供たちは怖くて仕方がなかったらしいが、今ではすっかり気のいいオトーサン。
家のことは子供たちに任せて、自分は相変わらず畑で働いている。
勤勉でマジメなオトーサンの背中を見て育った兄弟達は、みーんなマジメで立派に育ったよ!

トラのお母さんと5匹の子供たち。 チュウチュウおいしそうだけど、オッパイはドロだらけ。
クリッと目の大きな牛。 子供の3人乗り。運転しているのも中学1年生の男の子。田舎ではこんなこともオーケー。

 

2000.10.2(月)

親戚の結婚式

ダーリンのお父さんの兄弟のいとこ???にあたる親戚の結婚式があるというので、急きょテジャクラに帰った。その親戚のワヤンは女性なので、私たちは家族のお寺があるところに会場を作って待機。ご一行が到着するまでおしゃべりしたり、お菓子を食べたりしてダラダラして過ごし、ご一行が到着してからは儀式が終わるまで、これまたダラダラとおしゃべりをしたり、お菓子をほお張って過ごしました。
んー、やることがないって、つまんなーい。

ここで、バリ式の結婚式について説明!
女性は男性の家族に嫁ぐので、自分の家から「出る」ことになります。
バリ式の結婚式とは、たいがい結婚の儀式+レセプションという形をとります。資金的な事情でレセプションが行われないこともあります。

結婚の儀式は男性側の家族の家で行われ、儀式が無事終了すると、今度は女性側の家に男性側の親戚・家族一同が挨拶に行きます。そして、家族と形式的に挨拶を交わし、そして家から出ることを先祖にも報告をします。
その時はお坊さんも呼んで、お供えを捧げて、ちょっとした儀式のような感じです。

結婚の儀式は家族や親戚が参加します。内容は地域によって様々です。
ワタシとダーリンの時はお清めの意味でテジャクラの海に飛び込みました。
そしてレセプションは文字通り、御披露目のパーティーのようなもの。
招待状を友達やお世話になっている人などに配って招待をします。

予断ですが、よくバリで友達の結婚式に呼ばれたけど、どういう服装で行けばよいのでしょう?という質問をよく受けますが・・・、

結婚の儀式に呼ばれた場合は、男性はサロンと上着は襟つきのシャツに帯を巻いて、頭にはウドゥンと呼ばれるかぶり物をつけます。
女性だったらサロンとクバヤの正装です。

もし、レセプションにお呼ばれだったら、とくに普段来ている服そうでも大丈夫です。リゾート服はダメですよ。女性は肌の露出が少ないほうが無難ですね。
とにかく、お呼ばれした先にどういう格好をしていけばいいの?と聞いてしまったほうがいいかもしれません。もし、儀式に参加させてくれる場合は、持っていなければ、式服を貸してくれると思いますヨ。

きらびやかな衣装。
また着たいなぁ・・・・。
バリ衣装のスタイルもいろいろあり、
髪の毛の形など、微妙に異なる。
サンガッと呼ばれる家族のお寺に嫁いでゆくことを報告。
中央にいう白い衣装の人はお坊さんです。

 

2000.10.1(日)

お供えを忘れるとバチが当たる?

バリの家庭では一日朝と夕方にお供えをするらしい。
らしい、などと無責任に書いたのは、実は本当のところ、ワタシは本当は何回するかよくわかっていない。一日一回の家もあるし、二回の家もある。

朝は普通の家庭ではまずお米を炊くことから始まる。
お米が炊けたら、早速神様や先祖にお供えとして捧げなければならない。
小さな紙をしいて、その上にご飯をちょっと盛り、塩を振りかける。
紙でなくて、バナナの葉っぱを使う人も多いし、ご飯だけでなくおかずなどを乗せる家もあるから、これは家が違えば習慣も違うということか。

ともかく、朝ご飯を作ったら、人間が食べる前にまずはお供えとして捧げることは大切。こうしてお米が食べれることを、神様とご先祖様に感謝しなくてはならないからだ。

それで、夕方のお供えは、これはヒンドゥー教徒だったら毎日
毎日何があっても、キチンとお供えを捧げるのは当たり前。
これを怠ると、自分や家族に災いが生じると本気で信じているし、お供えをさぼる人は信仰心がないどころか、人間としてダメなヤツとらく印を押されかねない。
ここバリでは「神様を信じていない」なんて、口に出しても言えないし、宗教なくしては生活の習慣も成り立たない。

そういうところに嫁いでしまったワタシですが、「大変ねー。」と思った皆さん!それは人によるのですよ。ワタシも一応生活の習慣としてお供えは毎日するようにしています。が、お供えは作っていませんし、それほど宗教の束縛も感じていません。

きっと、大家族の中で暮らしている日本人嫁さんだったら、もっと大変なのかも。

ところで、お供えをしているときに

「なにをお祈り、しているのーー?」
と、
よくバリの人に冗談半分で聞かれます。

「ハハハ、日本語だからうまく言えないよー。」とごまかしていますが、
強いて言えば一般的ですが、
「家族の幸せ・健康・成功をありがとうございます。そしてこれからもよろしくお願いしまーす〜!」
ってな感じのことをイメージして終わり。

神様を信じるとか、信じないっていうことよりも、一日一回家族のことを思い出したり、家族の幸せを願ったりするのは、きっと良いことに違いないのだなぁ、と思って納得しています。

 

バリ島現地旅行会社/スカスカ・バリ
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